あなたが人生において最も手に入れたいものは何ですか?
富でしょうか?それとも権力でしょうか?
しかし人生にはもっと得難く尊いものがあります。
「それ」は普段あまりにあたりまえのように存在しているため気付かずに過ごしています。
「それ」は失うことで尊さにようやく気付き、何が何でも取り戻したいと思います。
しかしどんな大富豪でも権力者でも手に入れることはできません。
「それ」とはズバリ「健康」です。
健康はどんな大金を払っても手に入れることもできません。
とてつもない権力を持っていたとしても奪うことはできません。
あなたがもし「100億円と大企業トップの地位を与えるので、両目と両手足を差し出してください」と言われても、おそらく断るでしょう。
それほどまでに健康とは尊いものです。
今回はそんな健康を創る方法についてお話します。
健康は創れる
それほど得難い健康ですが、喜ばしいことに自ら創造することはできます。
健康とは他でもないあなた自身の意識、身体、呼吸、生活などによって創られています。
どのように人生を捉え、どのように考え、どのような思いを抱えて生き、どのように呼吸を行い、どのような食生活を送り、どのような運動をし、どのような睡眠をするかによって健康は創られます。
誰しも元気なときには健康をおろそかにしてしまいがちです。まるで自分だけは特別な存在で無敵であるかのように考え、病気などとは無縁だと勘違いしてしまいます。
医療が進歩したことで、死というものが身近な存在でなくなり、多くの人が健康の尊さを忘れています。
確かに多くの病気がコントロール可能となりました。しかし病気が減ったり無くなったりしているわけではないのです。
あなたが間違った思考と習慣を続けていれば、いつ病気になっても不思議ではないのです。
病気になってはじめて自分は無敵ではなく、健康というものは決してあたりまえに存在するものではないという事実に気付くのです。
僕もそんなひとりでした。
健康の大切さに気付いた余命宣告
僕が三十八歳の誕生日を一ヶ月後に控えたある五月晴れの日、夕日が射し込む病室で医師から
「余命は一ヶ月と思われます。腫瘍が大きくなりすぎ手の施しようがありません。今のうちに身辺整理をしておくように。」
と告げられました。
当時私は整形外科医として公立の総合病院で勤務医をしておりました。
激務をこなすなかで半年ほど前から体のだるさや慢性的な風邪症状、体重の減少などを自覚はしていたのですが、疲れがたまっているせいだと思っていました。
しかし徐々に症状は悪化し、ついには100メートル歩くことも困難になったため精密検査を受けました。
その結果、右肺から心臓にまたがる大きな悪性腫瘍が見つかり、治療は不可能と判断され、余命宣告をされました。
余命宣告されても不思議と死に対する恐れや、人生に対する後悔はありませんでした。ただ現実感がなく、どこか他人事のように話に耳を傾けていました。あまりの反応のなさに主治医の先生から
「明日にでも急変する可能性もあるから身辺整理しておくように」
と念押しをされたほどでした。
反応がなかったのはショックのためでも、現実を受け入れることができなかったわけでもなく、ただ第三者的に冷静に受け止めることができたためでした。親として、夫として、医師として余命宣告されたからといって取り乱すようなことはあってはならないという信念もあったと思います。
またこの時実感したのは、死というものは意外と身近に存在していて、突然姿を現すということでした。
そして「誰にでも平等に訪れる死が少し早く訪れたんだなあ」と、現実を受け入れることができました。頭の中では残り1ヵ月の間に自分がすべきことを考えはじめていました。
しかし妻の涙を見てはっと気付きました。自分の人生は自分一人のものではないんだと。
残される妻や幼い子供たちの悲しみや、これから待ち受けている苦労を考えると、まだ生きなければという強い気持ちがふつふつと湧き上がってきました。
妻に誓った一生守り続けるという言葉を偽りにしたくない、子供たちの成長する姿を見たい、せめて子供たちの記憶に自分の存在が残るまでは生きていたい。そういった思いが力をくれました。
なんとしても病気を克服し治癒すると心に決めました。
それは希望や、願望というよりも信念、執念に近い心情でした。
そこで生まれた考えが、治療は医者任せにせず、自分の健康は自分で創るべきということでした。
私が今まで医師として診療するなかで、西洋医学では治療困難な症状が東洋医学で改善した例を多く目にしてきた経験や、奇跡的治癒をした人たちの体験記を参考に、伝統医学や代替療法を取り入れようと考えました。
人間に本来備わっている生命力を高め、自ら健康を創造することに主眼を置いている東洋医学等の伝統医学、様々な代替療法を学び、実践するなかで健康の真髄に辿り着くことができました。
その結果半年後、腫瘍は姿を消しました。
奇跡的治癒をして決意したこと
病院の治療のみに依存せず、病気が生じた根本的な原因である思考と習慣を見直し、積極的に自らの健康の創造を行ったので必ず治ると確信していました。
私が生還する過程で気付いた、真の健康とは何か、真の健康を創造するために必要な方法とは何かを多くの方に知ってもらうことが、生かされた自分に与えられた使命だと感じ、ブログを通して情報を発信する決意をしました。
アフリカでの医療に生涯を捧げ、ノーベル平和賞を受賞したシュバイツァー博士も
「自分の苦悩をまぬがれた者は、他人の苦悩を軽くしてやる責務を感じなければならない。」
と言っています。
このブログを手に取ったあなたは何かしらか健康に対して苦悩を抱えているのではないでしょうか。
あなたの苦悩を軽くすることが私に与えられた責務です。
生命には人智を超えた無限の可能性が秘められています。
このブログが無限の生命力の存在に気付き、病気になることの意味と、そこから見いだされる真の健康について考えるための一助となれば幸いです。
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